大阪地方裁判所 平成7年(ワ)2449号 判決 1995年9月08日
主文
一 被告鈴鹿の森観光開発株式会社は、原告に対し、金二三〇〇万円及びこれに対する平成七年三月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告と被告オリックス・クレジット株式会社との間で、原告が別紙会員権目録記載のゴルフ会員権を有することを確認する。
三 被告オリックス・クレジット株式会社は、原告に対し、右ゴルフ会員権証書を引き渡せ。
四 訴訟費用は被告両名の負担とする。
五 この判決は、一、三、四項に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 請求の趣旨
主文と同じである。
第二 被告鈴鹿の森に対する入会保証金の返還請求について
一 事案の概要
本件は、被告鈴鹿の森が経営するゴルフクラブに株式会社スタッフコーポレーション(破産会社)が入会したが、破産会社が破産し、その破産管財人となつた原告が破産法五九条により右入会契約を解除して、被告鈴鹿の森に対し被告鈴鹿の森に預託していた入会保証金の返還を求めたものである。被告鈴鹿の森は、右入会契約に破産法五九条は適用されないとして、解除の効力を争つている。
1 争いのない事実
(一) 本件ゴルフ場の経営
被告鈴鹿の森は、鈴鹿の森カントリークラブを経営している。
(二) ゴルフクラブ入会契約の締結
破産会社は、平成二年二月九日、被告鈴鹿の森に対し、入会保証金二三〇〇万円を預託し、右ゴルフクラブの正会員となつた。
(三) 破産会社の破産
大阪地方裁判所は、平成三年一〇月三〇日午前一〇時、破産会社を破産する旨の決定をし、平川敏彦を破産会社の破産管財人に選任した。
(四) ゴルフクラブ入会契約の解除
原告は、被告鈴鹿の森に対し、本件訴状をもつて、破産法五九条に基づき右入会契約を解除する旨の意思表示をし、被告鈴鹿の森は、平成七年三月一八日、本件訴状の送達を受けた。
2 争点
右ゴルフクラブ入会契約に破産法五九条が適用されるか。
3 証拠《略》
二 争点に対する判断
1 当事者の主張の要旨
破産法五九条一項は、破産者が双務契約を締結している場合に、破産宣告の当時その双方の債務が履行を完了していないときは、破産管財人は、その契約を解除することができると規定している。
原告は、次のとおり主張する。右ゴルフクラブ入会契約は、破産会社の被告鈴鹿の森に対する年会費を支払う債務などと、被告鈴鹿の森の破産会社に対する右ゴルフクラブの施設を優先的に利用させる債務、入会保証金を据え置き期間経過後に退会とともに返還する債務などとが対価関係にたつ双務契約である。そして、右年会費の支払い債務と入会保証金の返還債務とは未履行の状態にある。したがつて、右ゴルフクラブ入会契約に破産法五九条が適用される。
他方、被告鈴鹿の森は、次のとおり主張する。右ゴルフクラブ入会契約は、破産会社が被告鈴鹿の森に対し入会保証金を預託した場合に、被告鈴鹿の森が破産会社に対し右ゴルフクラブの会員資格を与えるというものであり、破産会社は被告鈴鹿の森に対し平成二年二月九日入会保証金二三〇〇万円を預託し、被告鈴鹿の森は破産会社に対し、右ゴルフクラブの会員資格を与えた。破産会社の被告鈴鹿の森に対する年会費を支払う債務及び利用料を支払う債務などは、破産会社が会員資格を取得した結果、又は会員資格に基づきその権利を行使した結果生じる債務であり、被告鈴鹿の森の破産会社に対する右ゴルフクラブの施設を優先的に利用させる債務は、破産会社が会員資格に基づきその権利を行使した結果生じる債務である。したがつて、右ゴルフクラブ入会契約に破産法五九条の適用はない。
2 当裁判所の判断
(一) 《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。
右ゴルフクラブに入会を希望する者は、所定の申込み手続により理事会の承認を得て、被告鈴鹿の森が別に定める入会保証金及び名義登録料を被告鈴鹿の森に払い込むことによつて右ゴルフクラブの会員資格を取得する。被告鈴鹿の森は、会員に対し、入会保証金預り証を発行する。
会員は、右ゴルフクラブに対し、会員としてゴルフ場を利用すること、右ゴルフクラブが主催するゴルフ競技に参加すること、右ゴルフクラブの運営に関し理事会に意見を具申することなどの権利を有する。
会員は、右ゴルフクラブに対し、右ゴルフクラブの会則等の規則を遵守すること、理事会等の決定に従うこと、年会費及びゴルフ場の利用に関する費用を支払うこと、会員が紹介した同伴するビジターの行為について連帯責任を負うことなどの義務を負担する。
会員が会員資格を喪失したときには、被告鈴鹿の森は、会員に対し、右入会保証金を返還するが、会員が入会後一〇年以内に会員資格を喪失した場合であれば、右入会保証金を払い込んだ日の翌日から起算して一〇年を経過した後に返還する。ただし、右入会保証金は、会員の被告鈴鹿の森に対する債務の履行を担保するものであるから、会員が被告鈴鹿の森に対し債務を負担している場合には、その債務の全額を控除した残額を返還する。そして、入会保証金には利息が付かない。
(二) 右認定した事実によれば、右ゴルフクラブの会員と右ゴルフクラブすなわちその経営者である被告鈴鹿の森との関係は、会員が被告鈴鹿の森に対し右ゴルフ場を利用し、または右ゴルフクラブが主催する競技に参加する権利と、年会費及びゴルフ場利用料を支払う義務とを中核とする債権関係であると認めるのが相当である。そして、入会保証金は、会員の被告鈴鹿の森に対する債務を担保することなどのために預託されているものであるが、その預託期間中の利息相当額が年会費及びゴルフ場の利用料とともに、会員の被告鈴鹿の森に対するゴルフ場の利用権等と対価関係にたつものと考えるべきである。
ところで、双務契約とは、契約の各当事者が互いに対価的な意義を有する債務を負担する契約であると解される。そして、右ゴルフクラブ入会契約について検討すれば、会員の被告鈴鹿の森に対する、右ゴルフ場を利用し、または、右ゴルフクラブが主催する競技に参加する権利と、年会費及びゴルフ場利用料を支払う義務並びに入会保証金を被告鈴鹿の森に無利息で所定の据置期間預託しておくべき義務とは、対価的意義を有するものと認めるのが相当であるから、右ゴルフクラブ入会契約は、双務契約であると認めることができる。また、少なくとも会員の被告鈴鹿の森に対する、右ゴルフ場を利用し、または右ゴルフクラブが主催する競技に参加する権利と、年会費及びゴルフ場利用料を支払う義務とは、破産会社が右ゴルフクラブの会員である限り将来も発生するものであるから、いずれも未履行であると解される。したがつて、破産会社と被告鈴鹿の森とのゴルフクラブ入会契約は、双方未履行の双務契約であるから、破産法五九条が適用されるというべきである。
(三) なお、被告鈴鹿の森は、ゴルフクラブ入会契約自体に関する権利義務とその後にゴルフクラブの会員であることにより発生する権利義務関係とを区別した上、会員の被告鈴鹿の森に対する、右ゴルフ場を利用し、または右ゴルフクラブが主催する競技に参加する権利と、年会費及びゴルフ場利用料を支払う義務とは会員資格そのもの又はその行使によつて生じるものであり、継続的契約関係によつて生じる権利及び義務であると主張する。しかし、ゴルフクラブ入会契約自体に関する権利義務とその後のゴルフクラブ会員であることによつて発生する権利義務関係とを区別して考えるのは妥当ではないし、また、継続的契約関係によつて生じる権利及び義務であるからといつて、破産法五九条が適用されないと解する合理的理由はないから、右主張は採用できない。
第三 被告オリックスに対する会員権の確認等について
一 事案の概要
本件は、被告鈴鹿の森が経営するゴルフクラブに破産会社が入会し、ゴルフ会員権を取得した後、被告オリックスに対し右ゴルフ会員権を譲渡担保に供し、右ゴルフ会員権証書を交付していたところ、破産会社が破産し、その破産管財人となつた原告が、被告オリックスに対し、原告が右ゴルフ会員権を所有することの確認と右ゴルフ会員権証書の返還を求めたものである。被告オリックスは、原告が右ゴルフ会員権を所有することを否認するとともに、右ゴルフ会員権証書の所有権及び商事留置権を主張する。
1 争いのない事実
(一) 本件ゴルフ場の経営
被告鈴鹿の森は、鈴鹿の森カントリークラブを経営している。
(二) ゴルフクラブ入会契約の締結
破産会社は、平成二年二月九日、被告鈴鹿の森に対し、入会保証金二三〇〇万円を預託し、右ゴルフクラブの正会員となつた。
(三) 譲渡担保契約の締結
破産会社は、被告オリックスから、平成二年二月九日、弁済期日を平成四年二月一〇日として二三〇〇万円を借り受けた。
そして、破産会社は、被告オリックスに対し、平成二年二月九日、右債務の担保として、右ゴルフ会員権を譲渡担保に供し、同月一五日、右ゴルフ会員権証書を交付した。
ところが、被告オリックスは、右譲渡担保について、対抗要件を備えていなかつた。
(四) 破産会社の破産
大阪地方裁判所は、平成三年一〇月三〇日午前一〇時、破産会社を破産する旨の決定をし、平川敏彦を破産会社の破産管財人に選任した。
2 争点
(一) 原告のゴルフ会員権の所有
原告が右ゴルフ会員権を所有しているか否か
(二) 被告オリックスのゴルフ会員権証書の所有権
原告が右ゴルフ会員権を所有している場合であつても、被告オリックスが右ゴルフ会員権証書の所有権を有することができるか否か。
(三) 商事留置権
被告オリックスは、原告に対し、商事留置権に基づいてゴルフ会員権証書の引渡しを拒むことができるか。
右ゴルフクラブ入会契約に破産法五九条が適用されるか。
3 証拠《略》
二 争点に対する判断
1 原告のゴルフ会員権の所有について
被告オリックスは、原告が右ゴルフ会員権を所有することを否認する。
しかし、右一1(二)及び(四)の事実によれば、原告が右ゴルフ会員権を所有することを認めることができ、これに反する証拠はない。
そして、他に原告が右ゴルフ会員権の所有を失つたことに関する主張はない。
したがつて、原告は、右ゴルフ会員権を所有している。
2 被告オリックスのゴルフ会員権証書の所有について
被告オリックスは、右一1(三)の右ゴルフ会員権の譲渡担保を原告に対抗できないとしても、右ゴルフ会員権証書の所有権を有すると主張する。
ところで、ゴルフ会員権証書は、ゴルフ会員であることを証する文書であると解される。したがつて、ゴルフ会員権証書は、ゴルフ会員たる地位と離れて独立の経済的な存在意義を有しないというべきである。そうすると、ゴルフ会員権証書にゴルフ会員権の所有と離れて別個独立の所有権を認めることは相当ではない。
したがつて、右ゴルフ会員権を所有する原告が右ゴルフ会員権証書の所有権を有すると解するのが相当であり、右ゴルフ会員権の所有と離れて右ゴルフ会員権証書の所有権を考えようとする被告オリックスの主張は採用できない。
3 商事留置権について
被告オリックスは、右ゴルフ会員権証書に商事留置権を有すると主張する。
ところで、破産財団に属する財産の上に存する商法による留置権は、破産宣告により特別の先取特権とみなされることになる(破産法九三条一項前段)。そして、その場合には、留置権に基づく留置的効力は失効するものと解すべきである。なぜなら、破産法は、留置権を一般的に失効させる(同条二項)とともに、商事留置権については商行為に基づくもので特にその担保として効力を尊重する必要があるとして、特別の先取特権としての効力を与えることにしたものと解するのが相当だからである。仮に商事留置権が破産によつて留置的効力を失わないとすれば、破産事務が遅滞するおそれがある上、破産法が民法の規定する特別の先取特権に劣後する効力を与えたにもかかわらず、事実上民法の規定する特別の先取特権に優先する効力を認めたに等しく、破産法の右規定に反する結果となるからである。
したがつて、仮に被告オリックスが右ゴルフ会員権証書に商事留置権を有していたとしても、破産宣告により右商事留置権はその効力を失うから、被告オリックスの右主張は採用できない。
第四 結論
以上によれば、原告が被告鈴鹿の森に対しゴルフクラブ入会契約の解除に基づく入会保証金二三〇〇万円の返還及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年三月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、また、原告が被告オリックスに対し、原告がゴルフ会員権を有することの確認及び所有権に基づくゴルフ会員権証書の引き渡しを求めた本訴各請求はいずれも理由があるから、これらをすべて認容する。よつて、民事訴訟法八九条、九三条一項本文、一九六条一項に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 牧 賢二)